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幼稚園からのおしらせ
幼稚園からのおしらせ

学校法人 三次伊達学園 三次中央幼稚園



りす 葉子せんせいの部屋 りす





「開放感」         平成23年5月31日

入園・進級から2カ月が経とうとしています。新しい生活に慣れるための半日保育を過ごしていた子供達は、最初は幼稚園での短い時間でさえ、いっぱいいっぱいで長く感じていたのに、そんな子供達の中から、段々と(もっと遊びたい)(まだ帰りたくない)という言葉が聞かれるようになってきました。幼稚園生活のペースやリズムがつかめ、幼稚園の楽しさがわかって来たからでしょう。

5月に入ると、遠足や参観日を経験し、初夏の日差しや空気を感じながら外遊びもしっかりできるようになってきました。子供達の表情がどんどん変わってきているのがよくわかります。

そんな中、ゴールデンウィーク明けに、年長組が田植えを経験しました。我が家の田んぼを一枚、その日一日は子供達のために田植えができるように準備しておく…、これは、今年で8回目です。もともとの始まりは、田植えの経験等全くなかった私が農家に嫁ぎ、田植えの作業がとても気持ち良さそうに見え、歩けそうで、実はそう簡単には歩けないヌメヌメした田んぼの感触と手植えの面白さを、何とか幼稚園の子供達に経験させてやる事ができないかと、家族に相談をしたのがきっかけでした。すると、義父が「子供達に植えさせるのなら、この田んぼが一番条件がいいんじゃないかな?広いし、見晴らしがよくて、友達が植えるのも良く見えて、足を洗うところもある。使ったらええよ。いい経験になるかもしれん。」と言ってくれたので、その田を幼稚園に貸りる事にしました。こうやって始まった三次中央幼稚園の田植え、これが、私自身が家業だと思いながら田仕事を手伝っていたのであれば、大変な事ばかりが見えてきて、とても幼稚園の子供達に……等と、思いつきもしなかったかもしれません。幸い(?)にもその苦労がわからなかったことで、始める事ができたのだと思います。 

さて、田植えの当日は、園長もバスの運転手も、協力してくれる我が家の家族も田んぼに入り、田植えの仕方を指導します。子供達はあぜ道から、ヌメヌメした田んぼに一歩踏み入れるまでが、勇気がいるようで、最初はなかなか「こっちにおいで」と呼んでも、恐る恐るなので足が進みません。その日は汚れても良い短パンとTシャツ、裸足というスタイルですが、汚れる事にも抵抗を感じている子も毎年います。「汚れてもいいんんだよ」と言っても、なかなか思い切って動けないのです。

やっとの思いで自分が苗を植えるポジションに着くと、慎重に丁度いいだけの株を一生懸命植えていきます。一生懸命になっている間にお尻が田んぼの中につかり、汚れてしまう子もいます。それを何回か繰り返すうちにこの醍醐味がわかってくるのか、表情がパーっと明るく、いたずらっぽくなってくるのです。そこで、近年始めたのは、慎重に心を込めて苗植えをした後、植えていないスペースを使っての田んぼの運動会です。気分を一新して思いっきり走りまわります。それはそれは、顔も身体も泥だらけです。もう汚れなんて気にしている子はいません。むしろ、わざと、田の中に座りこんで、「いい気持ち」と喜ぶ子もいました。ほっぺや白い腕に私達がわざと泥をつけると、友達がそれを見て大笑い。「汚れていいんだよ」という言葉と先生がわざと泥をつけて汚してくれたことで、子供達にとっては先生が『ぼくらに共感』してくれたという事を確信するのです。しかし家では、とてもそうはいきません。そんなに汚れて遊んでいたら、親なら一言二言、小言を言いたくなるでしょう。それが、ここでは、「いいんだよ。いっぱい汚してどろんこになって!」と勧めてもらえるのですから…その上、汚れた事を褒めてもらえるのですから…。

子供達はいつも、ハチャメチャしてみたいと思っているのです。それは、挑戦であったり、試してみたかったり、自分を発見するチャンスをうかがっているものだと思うのです。子供の殻をほんの少しコンコンとノックしてやるだけで、その子の新たな一面を見つける事ができます。子供自身もそれによって、大げさかもしれませんが、人生が少し変わるかもしれないのです。心が解き放たれ、“自分の秘めたる力の発見”や“楽しさ発見”のきっかけを自由に感じる事ができるようになるからです。

泥んこの身体や足を洗った後は、我が家の家の周りを走り回って“探検”とやらをしていたみたいです。子供達が帰った後、家の裏へ行ってみると、可愛い足跡や石ころや葉っぱを集めて遊んだ跡があり、それがなんとも可愛かったのです。開放感を十分に味わってくれた事でしょう。だからと言って、勿論、いつでもどこでもそれがOKかと言うとそうではない事にも、いつか気がつく子供達になって欲しいと思います。そのためにも、だからこそ思いっきり開放感を味わわせる事が必要だと思うのです。そして、十分発散できたら、空気をよんで、落ち着くべき時には、(この場は違うぞ)と感じて、自分の中の落ち着いた部分を発揮するようになります。納得するまで思う存分やらせる事は、切替えもできるようになるという事なのです。自分で納得できていないまま無理やりストップをかけられたり、叱られたり、わかってもらえなかったりすると、またどこかで、発散したくていつも何だかそわそわと落ち着かない様子になる…という事もあるのです。“自分発見”のチャンスは、この開放感を味わえる経験や活動の中で得られるのかもしれません。

年長組が植えた田んぼを、その後すぐの日曜日に、見に来てくださったご家族がありました。あの時、「汚してもいいんだよ」と言ってくれた先生やその後で、「上手に植えたね」とほめてくれる家族の元で育つ子供達は何とも充実感をたっぷりと味わえた事でしょう。

「楽しかったぁ〜!」と言って帰って行く子供達の顔が、また少したくましく見えました。

田房葉子



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